2016年11月07日

身体は楽器であり、楽器は身体である

身体は楽器であり、楽器は身体である
 
 

「手だけ」の演奏は


「口だけ」の演奏になり


「足だけ」の演奏になる。



何が、歌声と身体と楽器を結び付けるのだろうか…。


やはり、それは、深い呼吸であるのか…。


生きると言う事、そのものから滲み出る真剣さであるのか。



何が、歌声と身体と楽器を結び付けるのか。


それは、10,000時間の投資なのか?


それとも剣禅一体の境地


身体を統一して使う鍛錬錬成の成果なのか。



歌は、人間性の現れでもあり

歌は、言葉を越えた感動を産み出すものでもある。



何が、歌声と身体と楽器を結び付けるのか。


何が、どんな要素を満たす事で、


身体全体が楽器と成り


膨らみを増し声は響き渡り


まるで空間を演出する様に


雰囲気を一変させるのか。



何が、違うのか。


何が、人をして生きる楽器そのものとするのか。



人と楽器の境界が消える時


人でありながら楽器であり


楽器として響きながら人である様な


ハルモニア協和音が産まれる
























































































posted by ボアソナード at 22:28| 記憶の結晶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする